

::: Originally uploaded by yurhythm on flickr. :::
ことしの誕生日(結婚記念日)は、KIHACHIでちょっとしたコースを頂きました。
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結婚前、漠然と「料理上手な旦那さんがいたらいいなあ」と思っていました。あくまでも漠然とですよ。
上手すぎてコチラの作ったものを見下すような人だと困っちゃうけど、例えばじぶんの調子が悪い時や仕事が忙しい時、ちょっと小腹がすいた時などに、「じゃ、オレが作るよ」の一言が言える旦那さんだと、だいぶ頼もしくてラクなんだろうなあと母を見ていて感じていたからです。(母は何でもじぶんで作る人ですが、魚をさばく時だけは、父に台所を譲る人)
そんなわたしとそれを知ってか知らずか夫は、2年前のちょうど今日(これを書いている6/7)、結婚式を挙げました。じぶんの誕生日が土曜日になる巡り合わせって、何年に一度あるんだろう…縁あって足を運んだ会場のその年のスケジュールは奇跡的に空いていて、「じゃ、その日に」と決まったのです。
入籍は、その半年前の12月でした。
今の部屋を契約して一緒に住み始めたのが、そのさらに3ヶ月前の9月で、本当ならば夫の誕生日である10月に入籍する予定だったのに、お約束どおり大ゲンカしたりして、入籍の予定が2ヶ月ずれたのです。笑
あのとき、気持ちがきれなくてよかったなあ…と思うこともあれば、もし気持ちがきれていたらどうなってたんだろう!?と違う人生を想像してみたりもするけれど、時は流れて早2年。なんだかんだと楽しくやっている中でひとつ確信をもって言えることは、わたしたちにとって「一緒に暮らす」ということは、「同じごはんを食べて生きる」ってことなんだなということ。(当たり前だ!と笑わないでください。笑)
最初こそほとんどわたしが作っていたごはんも、ここ1・2年で驚くくらいに料理スキルとモチベーションを上げた夫がかなり協力してくれるようになり(とくに休日)、今ではどの食材をいかに効率的に使うかまでマネジメントしてくれるようになったので、「今日、何を食べるか(作るか)」がずいぶんと共通認識になりました。

(2年使って世代交代したフライパン。まったく同じモデル)
どちらかが出かけた先で、美味しそうなものを見つけると迷わず買って帰るのも、「一緒に食べよう」と思うからこそですよね。そういえば父も母もよく楽しそうにおみやを持って帰ってきてたな…。
学生の頃は一人暮らしに憧れたり、オシャレなお店に憧れたり、あんな食器であんなところで、あんな服着てあんな食事を…なんて漠然とした憧れを抱いて、働いていく中で少しずつそれを揃えたり叶えたりし、逆に消費することの虚しさも味わったりしながら何が大切なのかを悟った上での結婚、と思っていたけれど、まだまだ。
結婚は、「生活していくこと」の何たるかを知り(とくに実家から嫁入りしたので)、きっと「家族になること」の何たるかを知り、そして日々「同じごはんを食べて生きるということ」の意味を知るってことなんですね。…まだまだ神様はいろいろ用意してくれてると思うけど、とりあえず公式に2年経ってみての気づきは、ここまでです。
いつも、誰かと比べるのではなくて、過去のじぶんたちと未来のじぶんたちを繋げる過程をたのしめる家でありたいなあ。
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写真は、夫が作ってくれた食事たち。これが全部じゃないけれど、親知らず抜歯月間も、和風おじや、洋風リゾットなど創意工夫してくれて本当に助かりました。ほんとにほんとにありがとう。これからもよろしく。
◇夫の料理・2年目メモ
・時に、レタスをちぎっただけのものが「シェフの気まぐれサラダ」と命名される
・なぜかパスタや炒め物に絶対の自信を持っている
・手作りタルタルソースが得意
・やたら「かき揚げ」とか揚げ物を作りたがるけど、油の処理は口伝中…